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zoom RSS 学校づくりを考える(5)

<<   作成日時 : 2005/09/13 00:21   >>

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 小学校の先生は全科を教えることが原則となっている。しかし、昔はいざ知らず今は無理ではないだろうか。ヨーロッパでも全科というのは、建前であったとしても、実際にはいろいろな形で他の人たちが教えている。一般教科を教えながら、芸術系や技術系、そして体育系の授業もするというのは、超人的な能力を必要とすると思う。近年、教師の仕事ぶりについての親や市民の目は非常に厳しいものがあるから、どんな科目についてもしっかりと教えなければならないとしたら、やはり、そんなことができる人はいないと思ってしまう。
 だが、今の学校というのは、常勤の先生はその学校に所属することになっている。したがって、美術の専科の先生がいたとすると、その学校の美術を教えるだけだ。しかし、それでは効率性という点で無駄になる。実は、専科の先生は授業時間で余裕があるし、担任をもたないから、管理職試験の勉強に勤しみやすく、管理職に若くしてなる人がけっこういるのだそうだ。そして、担任教師のいろいろなことがわかっていないから、けっこう無責任な管理・監督をする人もいるようだ。
 ちゃんとした体育や音楽・美術の教育をやろうとしたら、やはり、国語や算数などの一般科目を教える人ではない、専門の先生が教える方がよい。しかし、そのためには、一人の先生が数校をかけもつことが必要になるだろう。そうした勤務形態があまりないので、(皆無ではないが)制度的な改革も必要になるだろうが。そうすれば、担任の先生は、主要科目に精力を注ぐことができ、また空き時間ができるので、授業準備ももっとできるようになるだろう。
 そうした場合、どうも職員室の構成、あり方もかえていく方がよい気がする。そもそも、今までのような職員室は必要なのだろうか、あるいは便利なものなのだろうか。もちろん、教師通しが授業などについて話しあうのには便利だが、あまりそうした話し合いはないとも聞いている。むしろ、学年単位の部屋などの方が話しやすい面もあるかも知れない。
 それから、休み時間に職員室に戻ることが、教育のリズムにとって好ましいかどうかも、疑問だ。もちろん、教師だって適当に休む必要があるだろうけど、授業というのは、必ずしも常に緊張していなければならないものでもなく、休息が可能な授業形態というのも、織りまぜていくことは効果的な学習を実現するために有効であろう。
 そういうことを考えていくと、教室と教員のいる場所、会議をする場所の構成は、少し自由に考えてみるとよいかも知れない。

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