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zoom RSS 学校づくりを考える7

<<   作成日時 : 2005/09/21 23:07   >>

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 学校建築・学校作りを考えるときに、必ず問題になるのは、一斉授業である。特にこれまでの学校あるいは教育と違うものを作ろうと思う人たちは、必ず一斉授業を攻撃する。それにかわって考えられるのは、たいていオープンスクールだ。学校建築を軸とした学校づくりの本などを見ると、多くがオープンスクールやオープンスペースを主体にした学校が紹介されている。
 たしかに一斉授業の評判は悪い。しかし、一斉授業が主流になっいるのはそれなりに理由があるし、また、一斉授業は、よい教師が行えば非常に効果的である。個別授業は授業手腕の低い教師がやっても、その教師が一斉授業をやったときよりは、それなりの効果があると考えられている。しかし、それはあまり実証性のある話ではない。教育の効果というのは、実証的に明らかにするのがほとんど不可能だからだ。個別授業だって、能力の低い教師がやれば、それほど効果はあがらないはずである。究極の個別授業と思われるアメリカのサドベリバレイ学校には、非常に優れたスタッフが指導をしていることを忘れるべきではない。サバベリバレイ学校というのは、カリキュラムがなく、子どもがやることを自分で決める、何をしてもいいという学校だが、そういう学校で優れた成果があがっているのは、やはり、すぐれた指導者抜きには考えられない。子どもが自分で決めるのだから、どんな大人が学校のスタッフとしていても関係ないということはない。
 個別授業は考えるという。しかし、その考えは子どものレベルのものでしかない。しかし、優れた教師が一斉授業をやった場合には、教師の巧みな問いかけと子どもたちの多様な回答によって、どんどん思考が刺激され、発展していく可能性もある。
 ただ、残念なことに、今の多くの学校を見ると、教師の授業能力を高めるように運営されている学校は少ないとしか思えない。
 しかし、個々の教師の力量にはやはりばらつきがあるし、また、個別学習や調べたりする学習がより効果的な場面もあるわけだから、そうした個別指導や一斉授業を有機的に結合させ、うまく移行できたり、あるいは学習記録の管理をうまくできる学校のあり方を考えていく必要がある。そこにオープンスペースの意味があるだろう。
 オランダでユトレヒトのそばの村の学校で、クラスを半年で区切って再編し、うまく習熟度別学習と個別学習を組み合わせた学校があった。そこは、通常のクラスの部屋が、かなり広いオープンスペースでつながれていて、プリントやパソコンや学習机がオープンスペースにあって、グループ学習と個別学習がうまく移行しやすいように教室やスペースの配置がなされていた。教師は、一斉授業をあまりやっていないし、個別学習などが主体なので、子どもが作業をしているときには、集まって雑談したり、相談したり、コーヒーを飲んだりしていた。それでいて、別に秩序を乱れるようなこともなく、和気あいあいとした雰囲気があった。全国テストの点数も高いそうだ。日本の学校はかなり大きな学校が多いので、この移行をうまく組織するような教室とオープンスペース配置が難しいように思う。ただ、そこにポイントの一つがあることは間違いない。

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