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zoom RSS オランダの社会と文化 日本と比較しながら(11)

<<   作成日時 : 2006/06/08 18:43   >>

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 オランダでは安楽死に対する合意があるとしても、問題になる事例はもちろんある。それは、基本的な合意のどれかが欠けている場合である。
 まず何よりも問題となるのは、「本人の意思」を確認するのが難しい場合である。認知症だったり、植物状態になったり、あるいは、子どもである場合である。子どもの場合には、本人が意思を表明できるとしても、法的能力の問題があるし、まだはっきりと意思表示できない幼児の場合には意思の確認すらできない。
 これらの問題については、私の印象では「原則論」はないように思われる。何歳から認めるかという基準があったとしても、病気や苦痛の程度によって変わる。認知症にしても苦痛のあり方はさまざまだ。ただ、いずれにしても、できるだけ本人の意思が表明される限りできるだけ尊重していこうという姿勢であるように感じる。
 これは逆に他の国の事例を考えると理解できるような気がする。
 1996年に放映されたイギリスのビデオを紹介しよう。出産直後に子どもが心臓疾患にかかっていることがわかって手術をするが、その際脳障害になる危険があると事前に通告をうけ、危惧したとおり重い脳障害になる子どもの話である。子どもはひっきりなしに、酷い苦痛に見舞われる。子どもの世話は福祉の国イギリスといっても24時間ではなく、重い負担が両親にのしかかる。決して治らない病気、仕事を休んでの看病、不断に襲う苦痛。両親は子どもの安楽死を求めて、オランダ、オーストラリアと移り住む。しかし、安楽死を合法化しているオランダでも、外国人に対しては決して安楽死を実行しないことがわかり、看病に疲れていく様子を写しだすビデオである。
 はっきりしていることは、子どもは常に苦しそうに泣き叫んでいること、それは治らない病気であること、親は子どもが不憫に思い、安楽死を求めているが法的に認められないために、生活が崩壊しそうになっていることなどである。このような例は、いかに子どもの意思が確認できなくても、病状及び親の意思でオランダでは認められるだろう。
 次に「苦痛」性質である。肉体的な苦痛であれば、疑問は生じない。しかし、精神的な苦痛の場合に、様々な判断がなされる。
 先に紹介した子どもを失った母親が精神的苦痛で安楽死を求めた事例は、かなり議論になったようだ。安楽死をさせた医師の名前をとってシュボット事件と呼ばれているが、この事例は、きちんとした他の医師によるセカンドオピニオンがなかったことで有罪になっているが、精神的苦痛も安楽死の条件である「耐えがたい苦痛」を構成するという認識に近づきつつある。
 しかし、家族を失ったとはいえ、そうした精神的ショックが安楽死の容認の理由になることについては、オランダ人の間でも疑問があるし、また、日本人の多くは反対の感情をもつ人が多いのではないかと思われる。
 さて、安楽死を悪用する医師はいないのか。もちろん、いかなる社会でも悪事を働く人はいるし、いかなる専門職でもその例外ではないだろう。2002年、相続すべき遺産をもった高齢の女性に、遺書を書き直させた上で安楽死を実行した医師が終身刑(EU内では最高刑)となった事件もあった。
 
 安楽死の問題の最後に、何故安楽死がオランダで受けいれられているか、それは最終的には安楽死は死ぬためのシステムではなく、残された日々をよりよく生きるのに有効であるということだろうと思われるのである。安楽死を約束した患者のうち実際に実行に至るのは2割であるという統計があるが、他の患者は自然死している。つまり、安楽死は「耐えがたい苦痛に見舞われたときには、その苦痛を回避できる」という保証が、最後の生活のために勇気を与えるということなのである。私の家族の友人の実話を紹介しよう。
 私の娘がオランダでもっとも親しくなった友人の母親が、癌であることがわかり、既に末期であと半年の命だと宣告されたのである。それから、母親は友人にそれを告げて、残れた月日をできるだけ充実した生活を送り、可能な限り子どもたちとの思い出をつくっておきたいので協力してほしい、感傷的になるのではなく、普段通りにつきあうことで、いい最後の日々をおくるようにさせてほしいと申し入れた。
 オランダの学校は1学年1学級だから、7年間ずっと一緒に過ごした親であり、子どもたちである。そのショックは相当なものだったはずだ。しかし、ショックから立ち直った以後は、誕生日や旅行などに普段よりずっと力を入れて取り組んでいた。まわりの人たちもそれに協力していた。
 半年と言われた命だったが、宣告よりも1年長く生きた。私たち家族は発病後2カ月ほどで帰国したので、安楽死の約束をしていたかどうかはわからないが、しかし、そうした制度があることが、やり残したことがないように充実した生活をしようという希望を与えたことは間違いない。
 TBSで紹介された男性も通常の進行よりもずっと早く病状が悪化したので、死は早く訪れると考えられたが、安楽死の同意ができたことも原因らしく最初の宣告よりも長く生きている。
 彼は「安楽死ができるので、いざというときには楽に死ねると思うと気がやすまる。だからこそ、逆に残された時期を最大限充実した生き方をしようと、前向きに考えることができる」と語っていた。死を宣告されたときにいろいろなショックを受けるだろうし、また、いろいろな不安がよぎるだろうが、そのひとつに「苦しみながら死ぬ」という恐怖があると思われる。安楽死はその恐怖については確実に救うことができるのである。したがって、苦しみながら死ぬ恐怖から解放され、「生きる」ことに前向きになりやすい。
 安楽死はあくまでもよりよく「生きる」ための制度であることを忘れてはないないだろう。そして、それを可能にする条件(患者と医師の長い関係から生じる信頼感、患者中心の医療、患者負担のない健康保険制度など)があってこと支持されるものだということも。 

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匿名
2013/07/19 05:52

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