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zoom RSS バス事故の過失は何か?

<<   作成日時 : 2008/01/09 20:09   >>

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 最近すっかり話題が途絶えたが、少年サッカーチームがコーチの運転するバスで死亡した事件はさまざまなことを考えさせた。しかし、どうもメディアを含め、警察の対応も疑問が多い。あれこれ考えていて、何か続報があるのかと思っていたが、ないようなので書いてみる。
 運転手が逮捕され、まだ釈放されていないようだが、たぶん起訴されるのだろう。後続のトラック運転手は釈放されたようだから、起訴されないに違いない。高速を走っていて、突然前に現れたものを避けるのは至難のことだから、罪に問うのは疑問だ。
 ところで、コーチである運転者の責任は、自動ロックにすべきところを手動ロックにしたということらしい。実際にどのようなロック形式だったのか正確なところはわからないが、報道された限りでは、この場合の自動ロックとは、手動で解除できないロックで、運転席から解除するしかないもののようだ。つまり、自動ロックにしておかなかったために、子どもがぶつかったときにロックが解除され、ドアが開いてしまったというわけだ。
 事実はそうなのだろう。しかし、だから、自動ロックにしておくべきだったかというのが疑問なのだ。
 例えば、電車のドアは通常乗客が開けることはできない。運転手、あるいは車掌が開ける仕組みになっている。つまりこの場合の自動ロックの形になっている。しかし、非常の場合には、乗客が開けられるようになっていて、その説明が必ずドアのところにある。これは、事故があったときに、運転手や車掌がドアを開けられない状態になって、なおかつ車外に逃げなければ危険な場合に、乗客が開けられるようにしておく必要があるからだ。
 これはバスの場合でも同じことなのではないだろうか。もし、ドアのところに、非常の場合に乗客が自分で開けられるようにしておくことが必要なのではないかということだ。この事故の場合、従って、自動ロックにしておく「義務」があったと考えるのは疑問なのだ。運転者の「過失」を問う姿勢の報道が多かったが、逆に、自動ロックにして、車がぶつかって運転手が意識を失い、車内に火災が発生して、乗っている人たちが逃げられなくなって死亡したら、自動ロックにしたことの責任を問うのだろうか。

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