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<<   作成日時 : 2008/04/02 10:39   >>

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 Fitna というビデオをみた。ちょっと探したが、それほど苦労せずに探すことができた。こう書いてもわからない人が多いと思うが、オランダの右派政党が作成したビデオで、コーランを揶揄し、イスラム教を非難する内容である。EUとしてまずいことになると撤回を求めていて、本家のホームページでは撤回したようだが、それをアップするサイトがいくつもあるようだ。
 イスラム教とキリスト教の間には、埋めなければならない溝があることは確かだし、イスラム側に改めるべき点があることも事実だろう。しかし、このようなビデオが溝を埋めるのに積極的な役割を果たすかといえば、やはり、逆だろう。
 内容は、イスラム過激派のテロ行為をこれでもかという程に見せる。確かに映像だから、インターネット等でイスラム過激派が流したものなのだろう。また、キリスト教は邪教であるというような感じの発言を、ずっと流す。イスラム教が世界を支配するというような発言も流す。
 そういった内容である。
 一般に日本人にとっては、イスラム教は非常になじみの薄い宗教で、こうした目立った過激派の言動が、イスラム教であると思っている人たちが多い。そうすれば、共存はどんどん遠のいてしまうのは明らかだ。
 ここに描かれた内容を、キリスト教徒が非難するとしても、ではキリスト教はどうだったのか、と言われれば、もっと残虐なことをもっと大規模にやってきたという歴史がある。宗教戦争や魔女刈りは、消し去ることのできないキリスト教の歴史の一こまであるには違いない。何故そうしたことが起きたのか、どうやって克服してきたのか、そういうことをもっと冷静に考えた上で、多くのイスラム教徒との共存を図れるようにすることこそが必要で、こうしたビデオはやはりマイナスではないかと思わざるをえない。そして、発言にしても、まったく瞬間的に「イスラムは世界を制服する」などという発言がでたとしても、それがどんな文脈で言われたのか、その前後に何が語られているのか、もっと総合的に見なければ真意はわからない。実はまったく逆の発言であるかも知れないのだ。例えば、「ある人たちは、イスラムが世界を制服する、などと言っている。しかし、我々はもっと他の宗教との共存を願っているのだ」という発言だったかも知れない。
 こうしたことを考えてみると、ブッシュがイラクを攻撃したことの真意も、いろいろと考えざるをえなくなってくる。現在のキリスト教とイスラム教の大きな違いは、政教分離と、宗教的価値とある意味反する「価値」を認めるかどうか、というような点だ。
 そういう点を考えると、フセインのイラクは、イスラム国家の中では、政教分離の進んだ国家だった。それをつぶすことによって、完全に宗教的国家、どの宗派が政権をとるか、そして、政権からはずれた宗派は抑圧される、というような政教一致の国家になりつつある。これでは、イスラム世界との共存はますます遠のいてしまう。事実遠のいている。キリスト教原理主義に近いブッシュが、原理主義ではないイラクを原理主義的な立場に追いやり、そして、やはりイスラムはテロ集団だ、とでもいうことが視野に入っていたのだろうか。
 もちろん、表現の自由は大切であり、イスラムにも批判される点はあるだろうが、批判は建設的なものである必要があるということも、自由と寛容の国のオランダなら、理解されているはずであるが。
 

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