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zoom RSS 教育予算は多ければよいのか

<<   作成日時 : 2008/09/19 20:07   >>

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 少々古い記事になるが、6月22日の毎日新聞に、「教育予算増やすべきか」という題で、賛否両論がでている。増やすべき派は、中教審副会長の梶田氏、増やす必要ない派は東大の経済学者である井堀氏である。新聞の切り抜き帳が届いて知った論争だ。文部科学省の教育新興基本計画でGDPの5%を教育予算とするという計画をたてたが、財務省に否定されたことをきっかけとした企画のようだ。
 梶田氏は、この間日本社会は、ゆとり教育で学力低下を招き、社会的任務を放棄してきたから、教育を再建するためには、人を増やす必要があり、そのための投資が必要であるという論理である。資源のない日本では、高い技術力が必要でそれを支えてきたのが教育であるという理由だ。
 それに対して、井堀氏は、予算を増やせば効果があるというデータに基づく根拠がない、GDP比では低いかも知れないが、日本は少子化社会なので、子ども一人あたりの予算では決して低くない。日本の学校では、外国人が少ないので、そのコストが低く、また、勤務時間の合理的有効活用する、また、学校で行なっていることを社会に返す等で、やっていけるのではないか、という反対論を展開している。非常に興味深い論争だと思う。
 私は教育が専門なので、当然教育費の充実は期待するが、この論争でいうと、井堀氏の論に共感する。
 梶田氏は中教審の副会長だから、文部科学省の代弁に近い論であると理解していいと思うが、文部科学省は、教師の手当を削減し、管理職手当をあげる、オリンピック準備のための費用を増大要求するなど、教育の質をあげるという観点からすると、非常な無駄を計画しているから、そうした無駄な発想の下での、5%計画など、むしろマイナスではなかろうか。また、自民党からも出ているという全国学力テストの無駄などもある。全国学力テストは60億かかるのだそうだが、学力調査に関わる常識的方法としてのサンプル調査であれば、2桁も少ない予算でできるのだから、無駄といわざるをえない。
 そもそも、教育というのは、お金をかければよいというものではなく、むしろ、少々不便、不足という中で工夫して行なう教育の方が、効果があるのではなかろうか。パソコンの教育なども、企業で仕事で使用するならば、当然最新のモデルが求められるかも知れないが、学校でコンピューターを教えるときには、多少古い機種で不便な状態を様々な発想で、やりたいことを実現するというような教育の方が、はるかに生徒の能力を延ばすはずである。
 教師の不足ということだが、現在の日本の学校は、「教えない教師」が非常に増大している。そして、そういう人たちの処遇を厚くしているのである。かなり以前読んだので、出典を忘れてしまったが、教えない教師がいる割合と、その国の学力水準を調査研究したものがあったのだが、明確に、教えない教師の割合が高いほど、平均学力が低いという結果だったと思う。
 教頭や校長が教えない状態で、更に副校長を置いたり、担任から外れ教える時数が減る「主幹」などという職種を設置しているのが、今の文部科学省のやり方である。校長が教えない状況になっているので、「指導力不足教員」がいたとしても、適切な指導ができないの校長が少なくないのが、実情である。命令したり、説教したりはできるが、そんなことをしても指導力がつくわけではなく、子どもも変化しているから、昔の知識や技術では対応できない。やはり、校長も部分的にせよ、子どもに接して教えるべきなのである。管理職も教える体制を維持すれば、科目別の習熟度別学級なども、あまり教師を増員しなくても可能になる。何人もの教えない教師がいて、少人数にするために、たくさんの教師を雇用するなどというのは、やはり、井堀氏のいうように、無駄使いと言わざるをえないだろう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
文部科学省の予算の使い方には問題があるというのは同意ですが…

そもそも少子化の原因は単純に言うなら「子育てにお金がかかるから」です。
具体的にいくらかかるかという内訳は、子供一人あたり、およそ3000万円だと言われています。
そのうち、食費や衣類の費用は1700万円ほど。約半分が教育費です。
(http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/w/03/)
学費や教材の費用だけで、公立中心に進学しても600万。塾や部活の費用を含めるともっとなので、1000万円越えという試算もあながち間違ってはいないでしょう。
公教育を充実させ、費用をより安くする(現状、義務教育中はともかく高校・大学にかかる費用は馬鹿になりません。『義務教育しか受けない』人などごくわずかで、特に世間で”中流”と言われる人は可能ならば子供を大学まで入れたいと願っているでしょう)ことで少子化にも歯止めがかけられると考えられますが、その点はどう考えますでしょうか。
儀狄
2009/03/10 01:24
アメリカも子育てにお金はかかるし、そもそも日本は昔から学費は高かったけれども少子化にはなっていませんでした。

子ども一人当たりでは教育予算はOECD平均程度なのだから、決して少ないとは言えません。

部活はしなくてもいいし、高校生になればアルバイトもできます。

そもそも、日本は欧州諸国と比べて税金が半分程度なので、手取りが多く、大半の家庭は教育費を出すことができます。貧乏人向け無料制度なら今でもあります。

親が責任を持って子どもを育てるのは当たり前のことで、それを少子化の原因というのは明らかに間違っています。大学院を出ないといい会社に入れないアメリカで、大学院の学費は年間300万円にもなるのに、少子化にはなってないですよね。

少子化の原因は人口密度が高まり過ぎたことです。動物生態学を勉強すればわかることです。
社会人
2009/08/23 09:47

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