教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS 「国民大審判」は「東京オリンピック反対」のようだが。

<<   作成日時 : 2009/09/06 10:09   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

 再び荒川強啓ネタになってしまうが、9月4日の番組で、「国民大審判」という時間帯で、「改めて聞く2016年、夏のオリンピック。東京に来てほしい?」という意見聴取をしていた。毎週金曜日、賛成か反対を電話やホームページから意見をあげて、その数字で、「国民の意思を決定する」というものである。
 車でラジオをつけたら、ちょうどやっていた。時間は非常に短いのだが、意見集約の間に、番組では、スポーツ評論家の永谷脩氏がコメンテーターとして、IOCの各都市の評価に関する意見を述べていた。もちろん、どうやって、東京に招致するかという立場からのコメントである。そして、中間発表で、「来て欲しくない」が多数であったので、荒川強啓氏は少々あわてた様子で、「来て欲しくないが多いですよ、どうします?」と永谷氏に語りかけたのだが、永谷氏は、ほとんど気にする様子もなく、どうやって招致するのかを話し続けた。そして、結局最終結果は、「来て欲しい=43%」「来て欲しくない=57%」で、IOCの調査より反対派が多かったのである。
 このやりとりは、とても興味深かった。今のメディアの体質をよく表していると思ったからである。
 そもそも、何故この項目で調査をしたのだろうか。いくらなんでも、反対派が多いとは、番組制作者は思わなかったのだろう。だから、調査して、賛成派が多いことを見越して、どうやってオリンピック招致にむけて、努力している関係者を励ますか、ということを考えてみたかったに違いない。荒川−永谷両氏の話し合いは、そのように進行していた。しかし、結果はまったく逆だった。にもかかわらず、その結果を踏まえた話は一切されなかったのである。荒川氏はいかにも罰の悪い感じで、「国民大審判は来て欲しくないと出ました」とまとめたけれども、いかにも熱のこもらない言い方だった。
 公共の電波などというおおげさなものではなくても、そもそも意見を公表するときには、賛否両論をきちんと踏まえて、自己の考えの正しさを示すものだろう。単に自分の見解を一方的に述べても、聞いている者は説得力を感じない。特に、公共の電波を使用して、自分たちの見解を述べる人たちは、そうした配慮を慎重に行うべきである。にもかかわらず、近年ますますか、昔からかは判断しがたいところがあるが、こうしたバランスを無視した報道が多過ぎないだろうか。特にスポーツ報道領域では、目に余るものがある。オリンピック報道にしても、大リーグ報道にしても、日本人ばかり報道して、国際試合にふさわしいすばらしい力量をもった人たちのぶつかり合いを、日本人がからんでないと、それがどんなにすばらしい試合であっても触れない。欧米のメディアはそんなことはない。北京オリンピック期間中、ヨーロッパの新聞を何度かチェックしてみたが、自国選手の報道ばかりではなく、報道するにふさわしい注目試合を大抵は報道していた。
 つまり、日本のメディアは、自国中心、言い換えれば自己中心的なのである。「ジコチュー人間が増えてこまった事態だ」と、メディアは批判するが、ジコチューになっているのは、メディアが王者ではなかろうか。だから、自分たちで設定した「東京オリンピック」に反対の意見が多数を占めても、まったくそれについてはちゃんとしたコメントをせず、たんにあわてていただけなのだろう。
 確かにメディアは、メディア以外のことについては、公平な立場を保持する姿勢を示し、バランスを重視するが、メディア自体が見解をもち、関わっている内容については、極めてジコチューになるのである。自分の立場もバランスをもって見られるようになることが必要ではないか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
石原と仲の良いスポーツ選手だけがオリンピックをやろうとしているだけで都民、国民は生活するのに精一杯で誰も賛成なんかしていない
そんなお金があったら年金生活者や母子家庭、父子家庭にすこしでも給付したほうがよい 公務員の給料を下げてまでオリンピックやる意味がわかんない
怒りの公務員
2009/09/28 11:53
そう言えば『乗客に日本人はいませんでした』ってリフレインする歌がありましたよね。
悪しき日本マスコミは随分昔からそういう風潮ですし、それを容認してきた国民もどうしたものかと…。
オリンピックもシカゴ、東京、マドリードでは、公平感が著しく損なわれると思います。私が生まれてからでも、日本・アメリカ・スペインの三国はオリンピックを開催していますし、これまで一度も南米では開催された事が無い事実を考えると、リオデジャネイロしか選択肢は無いと考えるのは、何も私だけでは無いと思うのです。
南米や中東は治安の面を考えると、確かに不安な面はあります。
しかしそれなら言い出せば、平和の祭典など到底呼べないでしょうか。
悪魔くん
2009/09/30 11:44

コメントする help

ニックネーム
本 文
「国民大審判」は「東京オリンピック反対」のようだが。 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる