教育と社会を考える

アクセスカウンタ

zoom RSS おくればせながら、リオでよかった

<<   作成日時 : 2009/10/06 22:09   >>

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

 ちょっと時期を外してしまったが、オリンピック招致は、リオに決まったよかった。それから、最下位でなくて、鳩山首相はほっとしているだろう。たぶん、アメリカでオバマが行く予定だと知って、あわてて行くことにしたのではないか。日本だけ、最高首脳が行かないということにでもなれば、相当非難されたはずだから。

 ところで、非常に気になったのが、招致委員たちの反応だ。石原知事を筆頭に、「プレゼンテーションは断然よかった、とみんなに言われた。」と、他国からもプレゼンに関しては、最高だと評価されたかのような発言をしている。しかし、テレビでのニュースを見ると、日本の代表団はプレゼンテーションを終えたあと、すぐに引き上げて、自分たちの控えの場所で結果を待っていたように見える。ずっとあと二つの国のプレゼンテーションを見ていたのではないとしか思えない。

 しかし、自分たちのが一番よかったというのだ。もちろん、「そう言われた」というのだが、「どうだった」と聞かれれば、「良かった」というのが当然だろう。「プレゼンが悪かったから落ちたんだよ」などと、プレゼンをやった当人に言うはずがない。自分たちできちんと見ての判断なら、自惚れだとしても、まあ「感想」としてありうるだろう。

 まさしく客観的な状況をきちんと把握しようともせず、主観的な意図で動いて、それで結果がでると思っている。何か、戦争を起こした政治家のような感じがしたのは、私だけではないだろう。

 また、前にも書いたが、オリンピックをめぐる報道に関して、日本のメディアにはほとほと失望した。スポーツ選手が招致に熱心なのは、当事者として当然であるとも思うが、メディアまでもが、当事者意識丸出しての報道に終始していた。確かにメディアも当事者だろう。オリンピックが開催されれば、メディアは活気づく。利益もあがるだろう。しかし、メディアといのは、客観的に社会を分析する視点を放棄したら、存在価値がないはずだ。国民の招致支持率が最後までたいして上がらなかったことを、まじめに分析し、それをオリンピック報道に活かしていたメディアはなかったのではないか。

 今の日本の社会状況において、税金はオリンピックにではなく、もっと使う必要があるところがたくさんある。そう多くの人が思っていたからこそ、オリンピック招致に消極的だった国民が多かった。だから、リオに決まったことは、良かったのだと思う。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
ナイス ナイス ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
おくればせながら、リオでよかった 教育と社会を考える/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる