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zoom RSS わが子がいじめにあったら、親は登校拒否が適切だ

<<   作成日時 : 2010/10/26 12:21   >>

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 残念なことに、またいじめによる子どもの自殺が起きた。しかも、小学生だ。報道が正しく事実を伝えているとしたら次のような経過をたどった。
 2年前愛知県から群馬県桐生市に転校してきたが、昨年からいじめが始まった。6年では「近寄るな」などといわれ、校外学習に参加したところ、「なぜ来るん」だとまで言われたという。両親は学校に再三にわたりいじめを訴えていたが、学校は「いじめと認識していなかっ」と弁明しているそうだ。テレビのインタビューに出ていた父親が、学校に何度も訴えたことを話していた。

 このように、子どもがいじめにあったときに、親はどうしたらよいのだろうか。もちろん子どもの性格や学校の対応によって異なるから、いちがいにはいえない。しかし、このように、再三学校に訴え善処をしてほしいと申し入れているのに、学校側が適切な対応をしないときには、どうしたらよいかということだ。

 私は一点、主張したい。子どもの登校を拒否させるべきだということだ。
 継続的ないじめにあっているということは、生命の危険にさらされているということであり、決してそれは極端な事例ではない。実際にいじめで自殺している子どもは、多数いるわけだから、わが子がそうならない保障はないのだ。
 学校は安全配慮義務を負っており、いじめなどがあったら、適切に指導しなければならない法的義務を負っている。それを怠って、自分の子どもが生命の危機にさらされているとしたら、義務就学違反などになるわけではなく、とにかく子どもを守るという親の義務に徹するべきだろう。

 残念ながら、いじめをいじめとして認識できない教師が少なくないだけではなく、むしろ教師自身がいじめを誘発したり、黙認したり、奨励したりすることがある。そのような教師にいくら訴えても、適切に対応してもらうことは、期待薄というべきであり、そのようなときには、緊急避難が必要な場合がある。

 ハンナ・アレントは、ユダヤ人としての意識を全くもたないような育てられ方をしたが、学校で「ユダヤ人!」と軽蔑の言葉をかけられたとき、母親は学校に断固抗議し、そのようなことがなくなるまで、子どもを学校には行かせないという態度をとったという。これは、あくまでも子どもを差別から守るという断固とした姿勢をとることによって、子ども自身に安心感と誇りを与える点で、とても重要だったとアレントは後年回想している。いじめの自殺を防ぐことは、絶対的なことは誰にもわからないが、ひとつ確実にいえることは、それを防ぐ最も有効なことは、「絶対的な味方・無条件に支持してくれる人」の存在だろう。学校がちゃんと対応してくれるまでは、お父さんとお母さんがあなたを守ってあげるし、勉強も見てあげよう、という強い姿勢を示せば、救われる場合があるのではないだろうか。

 なお、いじめが実際にあり、被害者側が再三訴えているにもかかわらず、対応せず、まして、「いじめはなかったと認識している」などと公言する管理職は、管理職としての資格がないというだけではなく、法律で課せられている安全配慮義務を怠って、人を死に至らしめたのだから、当然、過失致死罪で起訴されるべきだろう。こういうことをあまく対応するから、いつまでもこうした不幸がなくならないのだ。

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