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zoom RSS 読売の学校選択制度見直しという記事について

<<   作成日時 : 2012/03/10 23:11   >>

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 3月6日の読売新聞に「学校選択制度見直す動き・・・特定校に希望者集中(東京多摩)」という記事があった。1997年に通学区の弾力的運用を打ち出したことで、学校選択制度が広がったが、人気校にどんどん集まり、不人気校にはますます集まらなくなって、人気の格差が増大したことで、悪循環が浮き彫りになったということ、そして、通学時間や通学経路が大きくなったことで、震災後とくに通学上の不安が広がったことなどが、見直しのきっかけなのだという。

 私自身は、これまで何度もこのブログに書いてきたように、学校選択制度は原則支持だが、日本で進行している学校選択制度には、大きな欠点があり、どちらかというと反対だ。しかし、だからといって、通学区指定制度がいいとは全く思わないので、条件が揃うところでは多少問題がある制度であっても、実施することに賛成であった。そして、今回の見直しの動きは、自然なことだと思う。ただ、そのことで、やはり学校選択制度はよくない制度なのだという意識になるのは、ものごとを一面的に見ていることになると思う。

 学校選択制度には、かなり乱暴だが単純化すると、ふたつの全くことなる考え方がある。そして、それぞれの考え方は全くことなる選択制度を構想することになる。
 第一の、私がとくに支持する学校選択制度は、教育に求めることは、国民の中で多様なのであって、画一的な教育は、多様性に応えることができないので、多様な学校を許容し、それを選択できるようにしたほうが、国民の教育要求に応えることができるという考え方である。だから、この制度は、多様な学校や教育を認め、実際に様々な理念や方法に基づいた学校が存在することを前提に、選択を可能にしている。オランダがその代表例である。

 第二は、サッチャーが押し進め、日本でも進められた学校選択制度であり、競争を作り出すための制度である。生徒が割り当てられ、同じような教育をしていれば、教師は怠けてしまい、生徒に学力をつけることが十分できない可能性があるので、学校や教師に競争を持ち込み、学力を高めようという制度である。日本で導入されたのは、少子化によって、受験戦争が下火になり、子どもたちは家庭学習をあまりしなくなり、大学ですら全入状態になっているなかで、競争を復活させるためのひとつの切り札であった。

 ところで、第二の競争のための選択制度を採用すれば、特定の学校に希望が集中するようになり、希望の格差が固定することは、最初からわかりきったことである。特色ある学校にするなどという政策が打ち出されたとしても、基本は学力競争だし、学習指導要領で縛られている学校では、特色ある教育などできると思われていない。(実際には実はかなり可能なのだが。)苦労して特色ある教育を生み出すよりは、生徒の尻をたたいて、学力をあげる方がてっとり早い。

 しかし、実は人気校というのは、学力が高い学校というだけのものではない。新しくできた魅力的な校舎をもった学校や、大規模校で部活などが活発に行われている、部活の有力な指導者がいる学校など、学力以外の要素も少なからずあるのが実態のようだ。とくに私がじかに接した「人気校」というのは、校舎が新しいためであることが多かった印象がある。大規模校が人気があるという現象が、学校選択制度を実は難しくしている要因でもあるのだ。それに校舎が素敵だから人気があるというのは、人気がない学校からすれば、どうしようもないわけだ。

 前々回のブログの記事で、NHKのオランダ教育の紹介番組を批判したのだが、その番組の冒頭に、4つの小学校が隣接している状況が紹介されていた。そのうちのひとつにジャガー横田親子が仮入学したのだが、3校、4校の学校が隣接している状況は、オランダではあちこちに見られるもので、ごく普通の風景である。要するに、日本ならひとつの学校にするところをあえて3つ,4つの学校にしている、あるいは歴史的にそのように形成されてきたということなのだ。ひとつの学校にすれば、一種類の教育が行われるのだが、3つに分かれれば、3種類の教育に分かれる。分けておけば、自分の好みの教育をしている学校に入学することができる、それが大事なことだ、というのが、オランダの考えなのである。オランダはそうして、ずっと小さな学校を選択する仕組みを維持してきた。オランダは国家的なレベルで最も徹底した学校選択制度を実施している国だが、このことでわかるように、小さな学校がたくさんあることが、学校選択制度を成功させる鍵なのである。たくさんあるから選ぶ意味もある。

 しかし、日本のように、ある程度大きな学校を作ることが原則になっている場合には、選択の余地はあまりないのだから、それほど効果は生まれないのだ。

 さて、何度か書いてきたが、私が学校選択制度に関心をもったのは、いじめによる自殺がきっかけだった。いじめにあって自殺した例は、その当人の前にいじめられた子どもがいて、転校していったために、自殺に至らなかったという例がある場合が少なくない。つまり、転校した子どもは自殺せずにすみ、転校できなかった生徒が自殺にまで追い込まれる。こういう現実があり、もっと簡単に転校できれば、いじめによる悲劇は減少させることができるのではないか、あるいは、最初から選択でき、いつでも転校できる仕組みなら尚更よいと考えたのがきっかけだった。そうして、実はオランダでは、それが既にずっと前から実現していることを知って、オランダの教育を研究し始めたのである。
 オランダでも、もちろんいじめはいくらでもあるが、それがきっかけで自殺をしたという事例は、ほとんど聞いたことがないそうだ。そんなに深刻な事態になる前に転校してしまうわけだし、また、転校されると学校の評判に関わるから、教師もいじめには、真剣に対応するといえる。

 東京では、かなりの地域で学校選択制度が実施されているわけだが、いじめによる自殺の変化について、正確なデータはみた事がないが、ニュース等で見る限り、東京ではほとんど聞かない。いじめによる自殺のニュースは、ほとんどが東京以外の地域で起きているような気がする。つまり、当初の意図(競争を強化する)はあまり現実化しなかったとしたも、やはり、学校選択制度がもっているプラスの側面は、発揮されているように、私には思われるのである。

 制度はより広範な視点から見る必要があるのではなかろうか。



 

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