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zoom RSS 学校体育の輸出は疑問

<<   作成日時 : 2014/01/10 12:41   >>

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 livedoor NEWS で紹介されている産経新聞の「途上国に「体育」輸出 東京五輪までに15カ国へ 世界でも珍しい教育システム」と題する記事がある。(1月9日付け)日本の体育は、国際的にもめずらしいもので、「体育」がないアジアやアフリカの国に、専門チームを派遣して、体育を輸出する方針を文部科学省がもっているという記事だ。
 例えば「各学校が運動場と体育館を備え、子供たちに体を動かす場を提供する日本の教育システムは世界的にも珍しい。開発途上国では運動場が未整備の学校が多く「体育」の発想がないという。スポーツ教育に詳しい真田久・筑波大体育専門学群長は「基本的な動作、さまざまな競技に親しむ経験は、幼少期の子供たちには大事。『体育』を世界に発信することは、またとない国際貢献につながる」と指摘する。」と書かれている。
 しかし、この文部科学省の方針には、賛成しがたい。
 もちろん、体育は大切であるし、学校教育の中に体育を位置づけることは必要であろう。だが、何故、日本の体育システムが国際的にめずらしいのかをよく考えてみるべきだろう。この記事だけみると、日本の「体育」という授業がめずらしいように誤解する余地もあるが、もちろん、体育という授業は、先進国であれば普通に存在している。アジアやアフリカには、経済的な余裕の問題として、体育が施設的に無理なところもあるだろう。だからといって、子どもたちが体を動かしていないわけではない。昔の日本がそうであるように、学校の体育よりも、放課後の遊びの中で体を鍛えているような社会はいくらでもある。アフリカ人の身体能力が低いと考えている人は少ないはずである。
 もし、体育というシステムを輸出するならば、優れたシステムを選択すべきであって、日本のシステムが国際的に珍しい理由を考えてみるべきだろう。
 最近はよく知られるようになっていると思うが、ヨーロッパでは通常「社会体育」というシステムをとっており、体育施設が学校には存在せず、地域の施設を利用する。地域住民のために体育施設がつくられ、昼間は主に学校の体育の授業で使用し、夕方以降市民が使用する共用施設である。そして、体育の指導は、学校の教師ではなく、その施設に勤務する専門指導員が行なうのが普通である。どちらがよいか、毎年大学の授業で学生と討論しているが、これは一長一短がある。
 日本のような学校に施設がある(通常これを「学校体育」と呼んでいる。)ことのメリットは、
・学校が専有して利用できる。(日本の学校のもうひとつの体育的特徴である部活は、学校に施設があることを前提にしている。)
・体育の授業に際に、施設まで時間をかけて移動する必要がない。
 これに対して、社会体育のメリットと考えられるのは
・大人も利用するように設計されているので、しっかりした設備である。
・専門の指導員が指導するので、体育の指導力がない学校教師より合理的な指導が期待できる場合が多い。
・大人になっても、継続的にスポーツに親しむことが容易である。
 以上のようなことが、まず考えられる。長所の裏返しは、他方の短所となる。例えば、学校体育だと、教師が教えるが、小学校の担任は体育が苦手な人がたくさんいるし、また、中学や高校の体育の教師でも、専門分野以外のスポーツの指導は、不得意な場合が少なくない。体育の指導は、やはり、専門的な力量が必要であることを考えれば、社会体育の方が優れている。また、日本では、体育を学校で行なうが、社会的な施設は貧弱であるので、大人になるとスポーツの機会が少なくなる人が多いが、社会体育だと、同じ施設を利用し、かつ、子どもの時代でも社会体育施設は、社会のクラブで使われ、そこに参加しているので、大人になってスポーツをしにくくなることがないのである。
 また、地域が作るので、必要な施設を十分な質でつくるのだが、学校体育の場合には、子どもにあわせた規格でつくるし、また、ほとんどのスポーツに対応するような施設を十分につくることができるわけではない。従って、現在でも、例えば、部活で野球部とサッカー部はバッティングしてしまうので、不便な方法で行なうか、日程で割り振るなりしているだろうが、また、同じグランドを使用するので、いずれのスポーツにも中途半端であることが多い。
 このように考えると、全体的にみれば、明らかに社会体育の方が優れているのであって、だからこそ、ヨーロッパでは、ほとんどが社会体育のシステムをとっているのである。したがって、日本のシステムをアジア・アフリカに輸出しても、学校だけのレベルでは便利だが、社会全体からみれば、不便なシステムを送り込むことになってしまう。
 日本でも、現在部活を中心に、いろいろな不都合が生じている。日本では、学校中心の部活であり、かつ教師が指導をするために、優れた指導者が確保することが難しくなっている。正規の仕事ではないにもかかわらず、かなりの責任を負わされるために、顧問になりたがらない教師が多くなっているのである。また、教師は移動するために、熱心な顧問が移動すると、とたんに状況が変化するようなことがおきる。また、一校一スポーツであるために、多様な能力をもった子どもたちに応じたレベルでの部活をすることが難しい。こうしたことは、社会体育的な要素を取り入れることがかなり解決することができる。学校ごとに実施する部活を、施設に応じて決め、その部活をやりたい子どもは、学校の所属と無関係に、その部活に所属するようにすれば、指導者の問題や施設の問題は解決できる。これは、社会体育の発想である。体育の授業についても、専門の教師が巡回するようなやり方をとることで、合理的な指導ができるようになる。柔道の必修化で、事故の心配が大きくなっているが、柔道の十分な心得がない教師が、柔道の授業を行なうことは、かなり危険が伴うことは、多くの人によって指摘されている。
 日本の学校体育、学校部活こそ、考えなおす時期なのである。

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