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zoom RSS 沖縄竹富町の教科書採択問題と文部科学省の要求について

<<   作成日時 : 2014/03/20 18:32   >>

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 最近ニュースにならなくなったが、教育問題として、沖縄竹富町の教科書選択に対する文部科学省の介入は、いろいろな問題を含んでいる。竹富町としては、文部科学省の「是正要求」を拒否して、方針通りの教科書を注文しているようだから、これ以上の介入は、文部科学省としては控えているのかも知れない。
 事実を確認しておくと、 沖縄県の教科書採択地区として設定されている「八重山地区」には、石垣市、竹富町、与那国町が指定されているが、ここの採択地区では、2011年育鵬社の教科書を決定した。しかし、竹富町だけは、その教科書が沖縄の基地について十分記していないのは不適切として、東京書籍の教科書を採択し、2013年度まで使用してきた。しかし、2014年度の3月に、突然文部科学省が竹富町にノーを突きつけたわけである。これまでなんらの対応もしなかった文部科学省が、突然態度を変化させたのは、いうまでもなく、2011年は民主党政権であり、2014年は安倍政権だという、極めて大きな政治的な変化が影響している。安倍首相は、「戦後レジーム」からの脱却を主要な思想としているから、第二次大戦の評価や、基地等について、独自の見解をもっている。
 どのような論点があるのだろうか。
 第一に、竹富町の措置は、文部科学省の主張するように違法なのか。
 第二に、本来指導助言するのが文部科学省の役割であるのに、「強制力」がある勧告をすることは合法、あるいは妥当なのか。
 第三に、採択区協議会が選んだ教科書と、竹富町の選んだ教科書は、どのように異なるのか。
 第四に、こうしたかなり傾向の異なる教科書について、学校はどのように対応すべきなのか。
 第一の問題は、法的な不備が関係していると考えられる。「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」において、教育委員会の権限として「教科書」があげられている。つまり、教科書に関する権限を教育委員会はもっているわけである。町は設置者であり、その教育委員会が、最終的には、義務教育学校の教科書を決定するとこれまで考えられてきた。しかし、「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」においては、採択区の協議会がだした結論に、その構成市町村は従い、同じ教科書を使うことが規定されている。実は、このふたつは、ほぼ問題なく同時に満たされてきた。竹富町の事例のように、採択区協議会がだした結論と異なる決定をした教育委員会は、これまでほとんどなかったのである。(厳密になかったかどうかは確定的ではない。あったが問題にならなかった可能性もある。今回の事例でも、民主党政府では問題とされなかったわけである。)
 つまり、合法とも違法とも解釈できるのである。
 第二はどうだろうか。確かに、文部科学省は教育委員会に是正の要求をすることができる。しかし厳密にいうと疑問である。条文をみよう。地方教育行政の組織及び運営に関する法律に以下のような規定がある。

(是正の要求の方式)
第四十九条
 文部科学大臣は、都道府県委員会又は市町村委員会の教育に関する事務の管理及び執行が法令の規定に違反するものがある場合又は当該事務の管理及び執行を怠るものがある場合において、児童、生徒等の教育を受ける機会が妨げられていることその他の教育を受ける権利が侵害されていることが明らかであるとして地方自治法第二百四十五条の五第一項若しくは第四項の規定による求め又は同条第二項の指示を行うときは、当該教育委員会が講ずべき措置の内容を示して行うものとする。
(文部科学大臣の指示)
第五十条
 文部科学大臣は、都道府県委員会又は市町村委員会の教育に関する事務の管理及び執行が法令の規定に違反するものがある場合又は当該事務の管理及び執行を怠るものがある場合において、児童、生徒等の生命又は身体の保護のため、緊急の必要があるときは、当該教育委員会に対し、当該違反を是正し、又は当該怠る事務の管理及び執行を改めるべきことを指示することができる。ただし、他の措置によつては、その是正を図ることが困難である場合に限る。

 条文を見ると、「事務に関して」となっており、教育の内的事項に関する是正の要求ができるかどうかは、かなり議論の余地がある。教育行政においては、原則、教育の内容に関しては、「指導助言」が原則だからである。事務に関して、子どもの教育権に関わる問題が生じているときに、是正の要求が可能であるとしても、検定教科書、しかも、竹富町の選択した教科書の方が、全国的にはるかに多く使用されており、その教科書を選択することが、子どもの教育を受ける権利を阻害するような「事務的問題」を生じさせていると考えるのは、無理がある。
 第三の教科書の内容に関しては、現物そのものを見ることができないので、断定的なことはいえないが、内容を紹介したホームページによれば、次のような違いがあるという。
(以下引用)
こうして比較してみると、アメリカが原子爆弾を落とし、ソ蓮が満州や朝鮮に侵攻するなど戦局の悪化が決め手になり、ポツダム宣言を受諾して日本は無条件降伏した……という流れは、どちらの教科書も共通していることが分かる。その一方で決定的に異なるのは、昭和天皇の判断がどこまであったかというという描写だ。
 育鵬社版では、ポツダム宣言受諾は昭和天皇の最終判断の結果だったと明確に書いている。横のコラムでは、「御前会議での昭和天皇の発言」として、「私は自分がどうなろうとも国民の命を助けたい」などと触れている。これに対して、東京書籍版では政府内でどういう検討をしたのかには一切触れていない。昭和天皇は、「降伏をラジオ放送で国民に知らせました」という一文に登場するのみだ。
 また原爆ドームの扱いも好対照。小さい写真であっさりと取り上げた育鵬社版に対して、東京書籍版では焼け野原になった広島市街の様子とともに大写しにしている。広島の歴史も別ページで詳しく書いており、戦争の悲惨さをより強調した格好になっている。
 「ポツダム宣言をめぐる天皇の英断」を強調する育鵬社に対して、「広島と長崎への原爆による被害」を強調する東京書籍。教科書会社によって歴史の解釈や、切り取り方が微妙に異なるようだ。歴史教育はどうあるべきなのかを考える上で、興味深い結果となった。
http://blogos.com/article/23755/

 正確かつ詳細には、今度実際に教科書を手にとって比較してみたいが、私自身は、どちらがいいのか、というスタンスをとっていない。社会のような様々な対立的な立場がある教科については、ひとつの教科書で学習すること自体が、十分な理解力を培う上で不十分であると思っている。だから、アメリカなどによくあるように、教科書を学校備品として、かつ複数の種類の教科書を配備し、それらを比較検討しながら学習するのが、もっともよい勉強法であると考えている。何度か書いたが、ますますそういう思いが強くなっている。政権が変わると、このように教科書についての行政措置が変わるなどということが、もっとも現場にとっては好ましくない。まして、行政の教科書選択が、こうした社会的立場の争いの対象となることは、どちらが採択されても、現場にネガティブな感情をもたらす。原則的には、これが第四の問題に対する回答であるが、実際に教科書がひとつであるとしても、プリントで補うことで、できるだけ多様な見解を紹介するような授業が望まれる。

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