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zoom RSS 調査捕鯨禁止の国際司法裁判所判決は、受け入れるべき

<<   作成日時 : 2014/04/01 07:59   >>

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 国際司法裁判所から、日本の調査捕鯨を否定する判決が出た。日本にとっては、意外と思われ、日本の立場が理解されていないと失望が広がっている(メディアには)が、冷静に考えてみると、日本の立場は、私自身も疑問に思うところが少なくない。この問題は、単に鯨を食べることと、牛肉を食べることがどこが違うのか、というようなレベルの食文化だけの問題ではないからである。
 基本的に、私は今回の判決に日本はきちんと従うべきであり、鯨にかかわる政策を再検討すべきであると考える。
 鯨と牛と比較して、日本人の多くは「同じ」と思っているが、同じなのは半分であって、重要な相違がある。多くの議論で相違が無視されているのが、国際社会に理解されない原因のひとつとなっていると思われる。
 同じところは、動物を殺して食用にするという点である。この点に関しては、日本の主張が正しいと思う。
 しかし、日本の捕鯨は、遠く南氷洋にまででかけて捕獲するのに対して、牛は、生産者が自分の土地と施設で飼育され、その一部が計画的に売られるという違いがある。
 ある食用植物を、畑で育てて売りに出している行為は、誰にも非難されないだろうが、それが、みんなの森に生えていて、あるひとたちがたくさんとっていったら、それをよくないと感じる人は少なくないだろう。この違いは無視するべきではない。捕鯨は日本の伝統的な食文化であるといっても、遠く地球の裏側まで出かけていって捕鯨するようになったのは、古いことではなく、それまでは近海に現れた鯨をとっていたにすぎない。
 また多くの日本人が鯨を食べてきたというのも、あまり長い時期だとは思われない。近海の捕鯨をとっていた時代に、多くの日本人が鯨を食べることができたとは思われないし、また、捕鯨が禁止されるようになってからは、鯨は珍しい食材であることは否定できない。私が給食を食べていたときには、頻繁に鯨のベーコンなるものがでていたが、おいしいものではなかった。もちろん、給食に出る部分以外においしい部分があるのだろうが、日本人の多くの食卓で、日常的に、鯨料理がでていたというのは、私は事実とは違うと思うのである。
 20年くらい前になるが、インターネットが普及する前のパソコン通信のチャットで、捕鯨問題を議論したことがあるが、そこでは、本当に鯨食材を確保したいなら、結局養殖以外にはないと考える人が少なくなかった。
 牛肉を食べることが非難されないのは、自分たちの施設で「生産」しており、それを売っているからである。公海とはいえ、勝手にそこにあるものを捕獲して食べるのは、少なくとも組織的にやれば、それはその組織が批判されることは免れない。このことを、捕鯨支持者は理解すべきである。

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