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zoom RSS エル・システマ研究(2) オーケストラであることの意味

<<   作成日時 : 2014/12/12 21:56   >>

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2 エル・システマはオーケストラであること

 日本に限らず、国外で紹介されるエルシステマは、音楽的な成果が中心である。最初に話題になったのは、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラの来日公演であり、それをきっかけとして、ベネズエラの貧しい地域で育った音楽家たちということと、それにもかかわらず見事な、しかも通常のオーケストラの2倍程度の人数での一糸乱れぬ見事な演奏が話題となった。そして、ベルリン・フィルに17歳で入団したエディクソン・ルイスや、マーラー国際指揮者コンクールで優勝したドゥダメルが話題となった。それはおそらく世界中どこでもそうだろう。私自身はその演奏会に行かなかったのだが、聴いた人の、とにかくすごい人数のオケという驚きを耳にした。
 しかし、私は、もうひとつの側面である、社会的犯罪から子どもたちを守る側面に注目した。エル・システマを紹介する映像は多数でているが、たいてい、ベネズエラの首都カラカスの貧しい地域を映し出し、そこでは犯罪が日常的であることを伝え、そのなかで子どもを守る社会的な取り組みとしてエル・システマが展開していることが示されている。謂わば犯罪予防的な意味である。しかし、犯罪矯正的な効果はないのだろうか、とそれからいろいろと調べだした。予防的効果と矯正的効果とは明らかに異なる。後者のほうが格段に困難な課題である。
 私は臨床心理学科に籍をおいているが、エル・システマのビデオを犯罪に関わる専門の先生に見てもらったところ、社会予防的意味があると理解していた。矯正効果はひとまずおいて、なぜ予防効果があるのだろうか。予防効果といっても、もちろん、単に囲い込むだけでは意味がない。エル・システマは毎日練習場に集まって数時間の練習をするので、そこに隔離されているのと同じであり、だから犯罪にあわないのだというのが、最も明確な理由であるが、そこで毎日数時間過ごすことを受け入れるには、外が危険だからというだけの理由ではないだろう。オーケストラ活動そのものが、楽しく、積極的に行いたい対象となっているから、外で遊ぶよりも、囲いの中にはいって練習するわけだから。
 実は日本でも、1970年代から80年代にかけて、中学や高校が荒れた時期、や活でスポーツをさせることで、非行から守る指導を、多くの学校が実施した。放課後の数時間をスポーツの練習で囲い込み、そこで疲労すれば、非行する元気はなくなるだろうという意図であった。しかし、それは大きな成果をあげたとは、私には思われなかった。甲子園に出場が決まった野球部から、ルール違反をする(必ずしも犯罪ではない)ものがでて、出場取り消しとなって騒がれたような事態は、少なくなかった。
 それに対して、エル・システマは、(以下で述べることがあるが)現在では30万人もの子どもたちが参加しているが、犯罪から守られているだけではなく、学校への積極的な関わりや成績の向上等で、明確なコスト計算が可能なほど、効果をあげているとされている。詳細はこれから述べていくことにして、考えられることを整理しておこう。
 エルシステマは、単にクラシックの楽器演奏ということではなく、オーケストラ活動であること、社会全体のシステムであることが重要な要素だったのだ。
(1)個別の楽器演奏ではなく、あくまでも合奏が、とくにオーケストラであることが重要であること。
 では何故オーケストラであることが大切なのか。
イ ひとりでの演奏ではなく、合奏は、ひとりの演奏よりも、ずっと音楽の喜びをもたらすものであること。
ロ オーケストラの曲は、名曲がたくさんあり、演奏するひとたちにとって、喜びをもたらすこと。
ハ オーケストラは、多様な楽器の集まりであり、自分に向いている楽器がたいていは存在していること。
ニ オーケストラは、かなり大勢が参加可能であり、実際シモン・ボリバル・ユース・オーケトスラは、200名くらいの人数を擁し、降り番はあっても、みなが舞台にのることができる。
 こうしたことから、文字通り「誰でも」参加できる音楽活動なのである。
(2)とくに子どもについては、練習会場まで親が同伴することが必要であり、それが参加の条件となっているが、安全性という観点から、家庭の理解をえやすいこと。そして、そのことによって、家庭の絆が強化されること。
(3)オーケストラの水準を多様に設定することで、レベルを保つことができ、また、上達した子どもたちに、十分な活動の場を与えることができること。また上達意欲を喚起できること。
(4)オーケストラで育った人々が、才能豊かで意欲的であれば、何人もの先輩たちが、国際的に認められて、プロの音楽家として生きており、そのことが、将来への希望を提供していること。
(5)国際的に活躍できなくても、多くの子どもたち(現在では50万人と言われている)が音楽を学ぶことによって、音楽鑑賞市場が増えたことで、国内の音楽家の成立が可能となり、また、オーケストラの指導者、エルシステマの指導者として生きていく道も示されている。つまり、学んだことを生かした職業の道が開かれたことは、意欲を十分に喚起する。
(6)音楽の道を進まなくても、徹底したトレーニングを積んだ人々は、他の分野への応用力が高く、また、自信もつきやすいので、将来へのキャリア志向を高めることが可能である。
 これらをスポーツを比較すると、「楽しく参加」することを容易にし、犯罪予防的な効果を期待する点では、あきらかにオーケストラ活動のほうが優れていると考えることができる。その点を次に考えることにする。(2014.12.12)

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