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zoom RSS 愛知県生徒の自殺を考える

<<   作成日時 : 2017/02/12 14:55   >>

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 2月6日に愛知県の中学3年生の男子生徒が、大阪のビルから飛び下り自殺をした件で、市の教育委員会が11日に記者会見したことが、様々に報じられている。繰り返される痛ましい事件であり、冥福を祈りたいが、諸報道を突き合わせてみると、いくつかの疑問点がわく。

・毎日新聞12日付けによると、生徒は昨年9月の体育祭の組み体操で怪我をして、両手親指の骨にひびがはいり、母親が学校に連絡したが、担任教諭が教頭に報告しておらず、不信感をもつに至った。保険手続きにも不備があり、両親は改善を求めていた。
・生徒が両親に、担任が親身になってくれないことを話しており、学校は別の教諭が見守ったり、進路指導の担当を代えたりしていたという。
・本人が6日の夕方に友人に「さよなら」といって行方がわからなくなり、友人に預けた携帯ゲーム機に「遺言」として「担任によって学力、存在価値、生きがい、性格、私の人生全てを壊された」などと書いていた。
・実は全日の10日、教育長が「行動の裏にある心が見えなかった。おわびしたい。自ら死を選ぶまでに思い悩んでいたことに気付かず、申し訳ない。責任を感じている」とのコメントしていたが、11日に「担任と学校に対する不信感などから生徒が自ら死を選ぶまでに至ったことは責任を感じている。」と訂正した。これは朝日デジタルによると、10日のコメントに対して、遺族側が「学校に改善をずっとお願いしていた」と主張していたことに対して、訂正したようだ。
・教育委員会は、「遺族の要望で具体的なことはいえない」としているが、遺族は新聞の取材に答えている。
・本人は、家族に「自殺する」との趣旨を家族に伝えて家を出たという。(朝日)
・読売新聞によると、ゲーム機には「私などが生きていても誰も必要としないでしょう」というメモもあった。
・担任は「とてもつらい」と話しているということで、9日から自宅謹慎している。

 以上が報道によって知り得た断片である。こうした自殺は、たとえ当人と親しく接していたとしても真相はわからないものだろうが、報道だけでは、とうてい真実を把握することは難しい。だから、気になる点を考えておきたいと思い、まとめてみることにした。

1 教育委員会や報道は、担任の責任を極めて重視している。これは、「担任によって〜〜」という本人が書いたと思われる「遺言」が理由だろう。しかし、単純な疑問として、中学の担任が、「一生徒の学力、存在価値、生きがい、性格、人生すべて」を壊すことなど可能だろうか。この教師の担当科目はわからないが、3年生だから、他の学年よりは密になるとしても、週数コマの授業と朝と帰りの会、そして進路相談程度しか接点がない。生徒が、自分の人生の前途を絶望し、それが担任のせいであるという強い思いにとらわれていたことは否定できないだろうが、冷静にみて、その感情が妥当であるかどうかは、また別問題であるような気がする。
 「遺言」が今後全文が明らかになったり、また、別の文章が発見されれば別だが、今のところ、9月の体育祭での怪我、その保障に対する担任の態度、保険手続き等に不満があったということだが、それで人生が狂うとは思えない。もちろん大きな不信感にはなるだろうが。
 担任からすれば、社会的批判の強い組み体操をしたことについて、責任ある立場だったのか、だとしても、怪我に「担任としての個人」責任があるわけではないだろう。保険業務は他にしかるべき担当者がいるはずであり、不手際があったとしても、やがては解決されるはずのものである。何故、組体操などしたのか、というような不満が本人や両親にある可能性は十分あるが、それを担任の責任と結びつけるのは、担任に対して酷だろう。報道の文章では、家族は、「学校に相談していた」という表現を使っているので、おそらく、担任を含め、主には管理職が対応していたのではないかと思われる。
 断言はできないが、少なくとも体育祭での怪我が大きな理由となって、人生全体をだめにされたという認識になったとは思えない。
 別の観点でいうと、あれだけ世間を騒がせ、また文部科学省が注意喚起していたにもかかわらず、組体操を実施し(それはそれでいいが)、けが人に対してのフォローに問題があったというのは、学校の運営体制に欠陥がある。
2 2月6日という時期を考えれば、報道では触れられていないが、受験がかかわっていた可能性を想起せざるをえない。まだ入試シーズンは始まったばかりだから、行き場がなくなったということはないので、もし入試にからんだトラブルがあったとすれば、志望校選択や調査書に絡んだ問題で、担任と本人、家族の間に考えの違いがあったことも予想される。私が中学生、高校生の時代では、青年の自殺の多くが入学試験にからんでいた。今は少子化で、入試圧力は格段に減少しているが、それでも個々人にとっては、入試の重圧は大変なものだろう。特に、学校の進路指導の方針と自分の志望があわないときには、相当なストレスになるはずである。「担任に人生を壊された」と感じているとしたら、入試に絡むなんらかのトラブルがあったと思わざるをえないのである。
3 本人は、どうやら、事前にサインをだしていたと思われる。遺言の書かれたゲーム機を友人に預け、「さよなら」といっている。また、家族には、自殺の意思を伝えていたわけであるから、その前から、なんらかのサインをおくっていなかったはずがない。おそらく、本人は、そうしたサインを誰からも「無視」されたと思ったのではないだろうか。いじめなどの抑圧から死を考えても、絶対的な味方がいることを実感できれば、かなりの確率で死は回避できるのではないかと思われる。この生徒のまわりで、サインに対する反応がどうだったのか。
 今後いろいろなことがわかってくるだろうから、またそこで考えたい。

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