5、6年の教科担任ではなく、担任教師の担当を主要教科に

 毎日新聞に、「小学5,6年の『教科担任制』検討 文科省、授業の質向上」という記事が出ていたので、急遽これについて書くことにした。
 英語が正式教科となり、プログラミングが必修化されるなど、専門性の高い教員が必要となるなかで、教員の負担軽減も考慮して、5、6年に「学級担任」ではなく、「教科担任」を導入するための検討にはいるというのである。これは、今まで何度も議論されてきたことだと思うが、いままでは実施されてこなかった。一部には、小中一貫校で、学年の区切りを、5年から中学校として扱うようにして、実質的に教科担任制を導入している学校も、ごくわずかだがあるはずである。
 教師の負担を軽減することは、このブログの主要なテーマとなっているので、問題意識は共有するが、具体的なあり方は、私は原則反対である。
 質の高い授業を行うためには、小学校教師が、全科目を教える体制そのものをやめるべきなのである。そもそも、主要教科を教えて、体育や音楽、美術、家庭、道徳、そして英語まで教えるなどということは、誰が考えても、超人でなければできないことである。日本の小学校教師は、本当に信じられないような負担を強いられている。
 では、5、6年のみ教科担任制は、というのは、どうなのか。これでは、5、6年より下級の学年では、質の高い授業をしなくてもいいのか、ということになる。教えることが比較的易しいから、質の高い授業は、いままでのような負担でも可能だというのは、間違いである。易しいことだからこそ、教え方が難しいということもある。
 もちろん、主要教科を担当しつつ、音楽もやりたいとか、美術、体育を教えたいという人がいれば、負担を考慮しつつ、個別に認めることはさしつかえない。
 他方では、文科省は、科目横断的な教育の重要性などもいっている。これは、当然、国語・算数・理科・社会の科目横断的な教育という意味だろう。合科教育とか、経験主義とか、様々な科目横断的な教育スタイルはあるが、それは、教科担任とは方向性が明らかに違う。実に矛盾したことをいっているのだ。

 英語がはいり、プログラミングがはいり、様々な行事が入ってくるなかで、負担が重くなれば、それが授業の質を低下させるのである。だから、私は、ヨーロッパなどで普通である、小学校の担任教師は、主要科目のみを原則担当し、体育や芸術系科目などは、専科の教師が教える体制に移行すべきであると思う。これが、実は「国際標準」なのである。体育とか、芸術科目は、やはり特別なトレーニングをした者でないと、充分に教えることができないし、現在の一般的な小学校教員養成課程では、充分とはいえない。そもそも、それらをすべて充分に教えることなど、誰にも不可能だろう。担任教師は、しっかりと主要科目を教え、そのための授業準備などを充分にできるような保障をする。
 体育、芸術科目、そして導入されるプログラミングなどは、専任教師が、配置上の必要があれば、複数の学校を担当する。
 小学校という統一的な教育システムを維持するとしたら、それが最も合理的である。
 どうしても、5、6年から教科担任制にして、授業の質を向上させるというのならば、学校制度を6-3-3から、4-4-4などに変更するほうが整合性があるのではないか。

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